6 (後編)
どこぞの同人誌じゃあるまいに(……)
目が覚めたら あら不思議なことが…では到底済まされぬ、
正に のっぴきならない事態である。
「これって一体…。」
起きたばかりの寝床に、
最聖二人で向かい合うようになって座ったまま。
胸の前、顔近くへと持ち上げた自分の双手を交互に見下ろし、
やはりやはり小さくなっているお膝を見下ろし。
そのまま、胸元や背中をぐるぐると見やって、
肉づきも骨格も薄くなり
いつものTシャツが余りまくっている総身を見下ろしつつ、
ただただ呆然としているブッダであり。
片やのイエスもまた、
驚きを隠し切れぬままながら、
それでも今は 自身を見回す彼を見守っておいで。
『……あの、私のことは判るのかな?』
先程、微妙なことを訊いたイエスだったのは、
姿だけじゃなく、
魂というか心というかまでもが
幼い彼へ逆戻りしていたらという恐れがあったからだと、
今だから納得もいったブッダであるようで。
そのイエスも 今は今で、
「ぶっだ、大丈夫?」
ブッダと呼ばれて反応し、尚且つ こちらを警戒しないのならば、
解脱後で、しかもイエスを覚えておいでの彼だということ。
記憶までもが 幼いそれへ戻ってしまってはないらしいと、
何とか自分でそこまでの納得は得たようで。
そして、そうやって慎重に確かめ合ったればこそ、
「一体どうして こんなことに…。」
これが現実だというのもまた、まざまざ思い知らされる。
彼が最も聖なる覇気が強かったろう年代、
悟りを得て解脱した年頃の、
上背もあり筋骨もなかなかに発達していた、
三十代 成年インド人男性という風貌でいたはずが。
手も小さくなったし、腕も脚も寸が縮み、
面差しも幼くなっての 愛子ちゃんくらいの子供のそれ、
六、七歳くらいという肢体風貌へと若返ってしまっている。
「ああでも、額に白毫があるよ。」
「え?」
それもまた、開祖たる風貌にと天部が構えた代物の1つ。
なので、それを取りこぼしているということはと、
何かしらのヒントにならぬかとの想いからか、
こちらを見て そうと言い出したイエスへと、
わずかな希望を込めた眼差しを向けた、
小さなシッダールタ・ブッダ様だったれど、
「…あ。」
ようよう見やれば、顔料で染めたビンディぽい代物で。
長い長い毛髪を縮めてあるという“白毫”とは全くの別物。
現に、イエスが そおっと延ばした人差し指の腹で撫でてみたが、
「痛い?」
「…ううん。」
ゆるゆるとかぶりを振るのが、いかにも幼い子供の所作なだけに、
イエスの側も、何とも言えない切ない気分に心がひしがれる。
「…どうしよう」
何とも心細い声を出す彼でもあって、
そうだよね、おっかないよねと同情しきりとなったイエス。
悲しげに目許をたわめ、それでも幼くなったブッダを見やっておれば、
「こんなに縮んでしまっては、流し台へも手が届くかどうか。」
「一番最初に 一体何の心配をしてますか、キミは。」
だってとこちらを見上げて来たのは、
本人のすべての縮尺が縮んだせいでサイズが緩んでのこと、
シャツやらズボンやらも くしゃくしゃとなっての
合い布団やシーツと混然一体になっている中に埋もれかけている、
それはそれは小さな和子様で。
ほどけた格好の深色の真っ直ぐな髪が
あどけない風貌となったお顔にも一条ほど掛かっており。
うるさいだろうと手を延べて、脇へと避けて耳へかけてやれば、
「…そんな顔、しないでよ。」
向かい合ってた深瑠璃の双眸が じわぁっと潤みを増して。
え?え?と泣き出す予兆へ慌てたイエスだが、
「今にも泣き出しそうな顔して。」
もうもうと、辺りを見回し、ボックスティッシュを手にして、
それをイエスのお膝へ渡す気丈さよ。
“…ああやっぱり、ブッダだよなぁ。”
目許が潤んだように見えたのは、
それこそイエスが知らず構えていた表情とついつい合わせてしまった、
泣き出しそうなお顔を真似したからで。
不安じゃないワケないだろに、
自分がおろおろしたらばイエスが困ろうと踏ん張ってるあたり。
こんなに幼くても やっぱりブッダに違いないと
イエスにしみじみと再確認させており。
「こういう奇跡に思い当たりは?」
「…ないよ、そんなの。」
目が覚めるまで、いやさ、
イエスへと延べた自分の手を見るまで、
こうまでの姿になってること自体、気がつかなんだほどだものと。
乱暴に扱えば折れそうなほど か細くなってる首の上、
ぶんぶんとかぶりを振って見せ、
「少なくとも昨日一日は、
キミと同じものしか食べてないし、キミと同じ行動してた。」
なので、というのもいささか乱暴かもだけど、
イエスに心当たりがないなら、自分にも心当たりはないし、
「養老の滝だの竹取物語だの、桃太郎や浦島太郎じゃあるまいに。」
ある日不意に襲うという形のこんな奇跡なんて
少なくとも自分は聞いたことないと。
小さくなって ますますと愛らしさの増した口許の
やあらかそうな唇を むうと突き出す幼い顔付きが、
“うあ、かわいいなぁvv”
場合が場合だというに、
しかも不興を示しておいでの相手だというに、
うわわvvと ついついときめきかかったイエス様。
「いえす?」
「あ、いやあの、桃太郎ってなんで出て来たの?」
いつぞや、急造の面子でピンチヒッターを請け負ったお芝居の題材で、
全員が元になったおとぎ話を知らなんだというから、
とんだ代理があったもんだが(苦笑)
あのあと、どういうお話かを浚ったので、
なんでまたあれが若返りと関係あるの?と不審に感じたんだよと、
話題を変えるのに咄嗟にすがった ヨシュア様、それナイス。(おいおい)
「ああ、うん。
桃太郎は今でこそ“桃から生まれた”って話になっているけれど、
大元は子供がほしかったおじいさんとおばあさんが
ある日 山奥で見つけた不思議な滝の水を飲んで若返り、
その晩、それなりの運びがあって子供が出来たって話だったらしくて。」
でも、子供にその運びを聞かせるのは恥ずかしかった親が、
ついついだろう、
川から流れて来た不思議な桃から生まれたって
そんな仕立てへ変えたらしくてね。
「…その方が無理がなくない?」
「のちのちは鬼を退治するよな子供になるのだし、
そういえばって後から思い当たるためにも、
不思議な要素があってもいいんじゃない?」
ふ〜んとイエスも納得し、何とはなく空気が和んだものの。
「あああ、それどころじゃないじゃないっ。」
「そうだった、ごめんネごめん。」
我に返って、またぞろ胸がぎゅぎゅうっと絞め上げられるほどの不安に、
もうもうもうとお顔を歪ませてしまった小さなブッダ様であり。
ただでさえ幼子のそんな悲痛なお顔は痛々しいし、
その上 相手はブッダでもあるのだ、イエスにも辛い事態には違いなく。
「まさかまさか、キミ、
流れ星にこうなるようにお願いしたとか?」
「あのおじさんも言ってたでしょうが、
満月に負けるから星はよく見えない晩だって。」
つか、私はいつものブッダじゃないと甘えられないからヤダ。
う……、そうなんだ。////////
どさくさ紛れに微妙な発言まで飛び出したほど、
そこはやっぱり当事者ならではの混乱もしきり。
そうそう思いつくものとてなく、すっかりとお手上げで。
だが、
「じゃあ……。」
「天界へ連絡するの?」
さすが、そこへも予測はあったか、
皆まで言わさずという素早さで、
小さなブッダがかぶせるような訊き方をする。
いかにも遮った感があり、
自分でどうにも対処出来ない不甲斐なさを他人に知られるのが不快なのか、
それとももっと率直に、
とある誰か様に大仰に呆れられることが今から伺えて、
それが生理的にイヤなのか。(おいおい)
とはいえ、
「だって、これはさすがに不測の事態なんだよ?」
中身はそのままのブッダらしいとはいえ、
やはりやはり このままにはしておけない。
どんな干渉や働きかけがあっての急変なのかははっきりしないと、
「誰かの作為や、悪意あってのことだったりしたならば、
当然、しっかとした対策も練らねばならないでしょう?」
「…っ。」
おや、案外とという言い方は不遜かもしれないが、
ずんと鋭いところまで、推測し案じていたらしいイエスであり。
「もしかして戻れなかったら?
それどころか、もっともっと逆行が進んでしまったら?」
「い、いえす?」
意外なほど冷静な見解も持っていたのだなと
感心したのも束の間で。
じつのところは、やはりやはり
イエス様とて心から浮足立っての慌てておいでで。
「だってっ。」
自分より小さい子が相手だが、
それでもと すがるように二の腕に掴みかかって言うことにゃ
「今度こそ私を知らないキミにまで、
戻ってしまうかもしれないじゃないっ。」
「…っ。」
言われた途端、明らかに、弾かれたように、
顔を上げて ハッとする、ブッダ様もブッダ様だが。(笑)
そういや別のお話でも、
自分が王子だった頃の部屋にいる夢を見て、
“キミがまだ生まれてもない世界だなんてっ“と、
それは取り乱してしまわれた釈迦牟尼様ではなかったか。(手前味噌の極み…)
「ともかく、事態打開を優先しなきゃだよ?」
「うん。」
なので、こういう素っ頓狂な事態にあっても揺るがぬだろう、
自分たちの知る限りで一番頼もしいお人を呼ぶからねと。
枕元をがさばさと掻き回し、
枕の下へ入り込んでた ブッダのスマホを手にしたイエス様。
総合あの世連盟の仏閣広報部、天部と分けられたところへ、
迷うことなくアイコンを合わせたのであった。
◇◇◇
子供用の服なんて用意は あるはずもなく。
さりとて、丸い輪郭もますますとまろやかで小さな肩が
両側とも今にもすっぽ抜けそうなほど ぶかぶかなTシャツに、
やはりパジャマ代わりに履いていた、
大人用のトレーナーパンツ…のままでは、
立ち上がるだけで全部をその場へ置き去ってしまいそうで
それって いかがなものかと二人して考えた挙句、
そもそもの天界での衣紋である“衲衣(のうえ)”と似たようなもんだからと、
シーツをくるくるりと器用に総身へ巻いてしまった、
小さなシッダールタ・ブッダ様。
色といい、真っ直ぐな質や長さといい、
ちょうど螺髪がほどけたような態だったので、
それもイエスへ勘違いをさせた、背中まで垂らした深色の髪も、
小さな腕を肘から上げてという大ごと仕事ながら、
ひょいひょいと自分で束ねの結い上げてしまったものだから、
「凄いねぇ、自分で出来るんだ。」
「…イエス。」
そりゃまあ、握力とか多少は弱くなってて、
束ねたところを掴んでいるのとか、勝手が違ったりもしたけれど、
「そういうことまで出来なくなってはいませんたら。」
「あわわ、ごめんごめん。」
何だったら、今から
靴下の穴かがりとか、キャベツの千切りとかやって見せましょうかと、
やや敬語になって口にする小さなシッダールタ様に。
“ああ この迫力は往年のブッダそのままだよ。”
口に出してたなら絶対に火に油を注いだろう、微妙に間違った引用にて、
間違いなくブッダ本人だと、しみじみと思い知ってた
ある意味、豪気なヨシュア様だったりもしたのだが。(大笑)
そんなところへ鳴り響いたのが、
ぴんぽぉん、という
玄関からのチャイム一閃。
途端に うわあっと飛び上がったのがイエスなら、
こたびばかりは、
予測もあったろにブッダの側まで肩を跳ね上げていて。
何せ事情が事情だけに、心構えも日頃と違う。
それがため、常にないほどドキィっと慌てたお二人だけれど。
それでも うんと頷き合うと意を合わせ、
イエスの方が立ってゆき、来客のためにドアを開いて差し上げる。
寝坊が通常運転のイエスの目覚めがスタート地点だったとはいえ、
それでもまだまだ、
一般のお店屋や診療所などは営業前だろう早朝であり。
だというのに、
頼もしい肢体へぱりっと着付けたスーツやシャツ、
ネクタイといった小物に至るまで、
しわの一つもなくての隙なぞなく。
つややかな黒髪をぎゅうと結い上げ、
鷹揚そうな余裕綽々のお顔に見張られた
双眸の目ぢからも相変わらず強靭な、
「おはようございます、イエス様。」
「おおお、おはようございます、梵天さん。」
ご挨拶のお声そのものにも、結構な攻撃効果がありそうな、
仏界の最強天部にして、
情報誌『R-2000』のシッダールタ先生担当 編集員。
インドの古典信仰に於ける宇宙神、
ブラフマーの化身こと、梵天さんが、
イエスから発せられたSOSへ応じて、馳せ参じて下さって。
「済みません、こんな早朝から。」
「何を仰せか、水臭い。」
恐縮するのを遮って、
何の何のとかぶりを振るのもやや芝居がかっていたものだから。
イエスにはそういう傾向が嗅ぎ取れなんだようだったが、
「胡散臭い構えで、面倒な段取りを一々踏むのはやめて下さい。」
緊急だと申し上げたはずですよと、
見様によっては、さっそくにも挑発に乗ったような格好で
六畳間から玄関までを 立って行ったブッダ様で。
「わ、ダメだよ、ブッダっ。」
まだ確かめてないんだからと、
わわわと慌てたそのまんま、
まるで梵天とブッダの間に衝立になるように
長い腕を振り回したイエスが、
これもまた結構 礼を失した態度のまま、改めて訊いたのが、
「あのあの、梵天さん。
我々から此処へ呼ばれたというのは、誰にも話しては…。」
「ああ。はい、他言してはおりません。」
どんな些細なことからでも漏れてはいけない、
それほどの一大事なので悪しからずと、
早くも何かあったなと知ろしめすような言いようで、
電話を掛けていたイエスであり。
“……私が代われば良かったかも。////////”
イエスなりの一生懸命に、
気を配りまくって構えてくれてのことと思えば。
あなたが畳むとしわが寄るのよねと
ご亭主が取り込んだ洗濯物の整頓を
わざとらしくもやり直す 鬼嫁のような仕打ちも出来ずで。
傍で聞いててハラハラしたのからして押し隠し、
今も今で、イエスなりの段取りを一応は優先してやってのこと、
制されたそのまま、六畳間へ戻った素直さを見せたブッダ様。
やはりわざとらしく聞こえてならない、
何とも大仰な“是”という梵天の応じを聞きつつ、
彼らがやってくるのを待ち構えておれば、
「ややや、何としたことですか、シッダールタ。」
「…白々しいですよ、梵天さん。」
先程、イエス越しとはいえ
実は視線もバチリと合ってたほどに、こちらを確認したくせにと。
もう既にこの姿を確認したことを暗に今更なんですかと指摘をしと、
早くも火花が散ってる始末。
そんな二人だったが、梵天さんがひょいと視線を戻したその途端、
「いやいやいや、
思い当たることとか疚しいこととか、
昨夜には覚えがありませんが。」
それは唐突に、
何とも微妙な言いようをするイエスだったものだから、
「…だよねぇ。///////」
それはそうなんだけどと、
同意を示しつつもブッダが真っ赤になったのは。
そんな言いようだと 却って何かを勘ぐられやしないかと案じたから。
そして、
“おやまあ…。”
梵天氏が あくまでもその内心にて苦笑したのは、
これでも彼なりに 気を遣って下さったからに他ならず。
突飛大胆な発言をしたイエスに引きずられた格好、
よって しれっと動じないお顔を、
取り繕うことが出来なかった釈迦牟尼様だったのが、
彼にしてみりゃ意外も意外。
特に この自分の前では、
“意地でも泰然としているシッダールタだというに。”
もはや十分に苦汁を舐めてもいようし、
そんな珍しいお顔を見られただけで儲けもの。
これ以上の困惑を与えるのはそれこそ大人げなかろうと、
イエスの手前も勿論あってのこと
余計なツッコミは得策ではないと控えたらしく。(おいおい)
そんなこんなという脱線はともかく、
あらためてのこと、
六畳間の卓袱台前へと来客様を導いて、
「昨夜は皆既月食でしたので、それを観にと外に出ていて。
それから銭湯へ行って遅いお風呂に浸かって、
帰ったらすぐにも寝ちゃいましたから。」
ブッダがまだ大人の姿だった“昨夜”の自分たちの行動を、
イエスが包み隠さず紡いで聞かせる。
ますますのこと深く睦み合う仲になったとはいえ、
そうそう毎晩 励んで、もとえ、睦んでおいでということでもないようで。
“〜〜〜っ。///////”
ああ、ごめんごめん、口がすべったです、すいませんてば。(笑)
ちょっとした言い過ぎへも こうまで真っ赤っ赤になるくらいの初々しさだし、
それを見られることで、居合わせてる誰かさんに察せられちゃうかもと、
そっちからの気が回っていないほど、
こっち方面ではまだまだ至らなさの方が勝さっておいでの
ブッダ様もブッダ様であり。
“そこはそれこそ、幼児へ逆行なさっているからでしょうかね。”
やれやれとの苦笑を胸の内にて温めつつ、
今は“そういうことだ”とし。
それでなくとも大変らしいので、
揚げ足を取る大人げのなさは出さないでいてあげましょうかと
やはり見て見ぬ振りを通される梵天さん。(…当たり前でしょうが)
「そうですか…。」
それよりもと、イエスの言った昨夜の行動の中の、
何かに引っ掛かったようでもあって。
「陽が落ちてから外出なされた、ということですね。」
そこを問題視なさっている模様、
頼もしい胸元へ頑丈そうな腕を組むと、
う〜むと何かしら考え込んでしまわれる。
「梵天さん?」
ほんのあれだけ、
何てことない昨夜の行動、
しかも何時ごろに何処でどうしたといった詳細はまだの
あっさりとしたそれを訊いただけだというに。
早くもどこへ疑問を見つけ出せたのかが、却って不思議で。
どうしましたかと声をかけたイエスだったのへ、
「誰かの意図があっての仕業のような気がするのですよ。」
梵天さんにも、こんな奇妙な奇跡だの因果だのへの心当たりはないらしく。
それでなくとも仏門の守護神だけに、
開祖様への波及があろう脅威には、殊更に注意を払っておいで。
なればこそ、深い由来のあろう何かというよりも、
単独の個人的なちょっかいかけ、もとえ、
あらぬ干渉を、まずはと疑ってしまわれたようで。
「でも、代替の札は没収されてて関わりはなかろうし。」
こんな格好で、ブッダへこうまでの干渉ができるものともなると、
仏界由来の奇跡関わりな何かとしか思えぬが、
覚えのあるものといやあとイエスが口にした何げない名詞へ、
「あ、それだ。」
梵天氏が大きな手を打って見せ、
「はい?」 × 2
イエスとブッダが声を揃えて聞き返す。
だって、あの厄介な封印のお札は、
畏れ多くもイエスを巻き込む騒動があったため、
困った品として回収されていて、もはや巷には存在していない。
あったとしても効果は抹消されてもいるはず。
それを担当したご本人の梵天も、
うんうんとそこへは頷いて見せてから、
「喩えですよ、喩え。
あれのような、何か覚えのある気配がするんですよね。
仏界の関わりといいますか。」
彼には、小さくされてしまったシッダールタ、もとえ、
ブッダ様に絡み付く何かが、
こっちの二人よりも見えているようで。
「夜が更けてから外に出ていなさったともいうし、これは…」
見回した室内に、彼なりの探査で引っ掛かったものでもあったか、
ふっとその眼光が鋭く絞られ、
「そこっ。」
素早い所作にて延ばされた腕の先、
宙へぶんと放たれたのは…小さな小さなガラスの小瓶。
壁に当たれば割れるのではと危惧したイエスと、
誰が掃除すると思っているんだと、細くなった眉をしかめたあたり、
やっぱり中身はしっかりとブッダのままらしい
シッダールタ様とが、それぞれの視線で追ったその先で、
だがだが、ガラスの器は宙でぴたりと止まってしまい
糸で吊ってある訳でもなし、
何でだろうかとキョトンとしておれば、
《 な、なにしやがるんだっ。》
そんな声がするではないか。
「え?」
「な…っ。」
小瓶の中にもやもやと形を取り始めるものがあり、
それが小さな札のようなものだと判り始めたあたりで、
「……あ。」
小さなシッダールタ王子が、
何か感じたか 胸元へ自分の両手を伏せたのとほぼ同時。
一瞬消えたように見えたほどの早業で、
パジャマ代わりに巻き付けていたシーツの中、元通りの姿へと戻っておいで。
「わっ。」
「ブッダっ♪」
よかったと思い余ってのこと飛びつきかかったイエスだが、
唐突さに驚いたご本人が、ここは一番素早く我に返ったらしく。
ちょっと待ったと鼻先へ手のひらを かざし、
「着るもの着てからね。」
「…はい。」
ストップをかけた辺り、
こういうところはさすが冷静です、はい。(笑)
男同士の身内だけという顔合わせだったというに、
それでもトイレへ駆け込み、体裁整えた彼だったのは、
作法や形式の順を精緻に追うことで
精神の集中を収めてゆくという禅の修養からなのか。(おいおい)
まま、よほどに手際がよかったのだろう、
それは素早い中断でもあり、
そんな微妙な間が挟まったのが
むしろ、逸る気持ちを静める
いい仕切り直しとなったと解釈出来たほど。
「ブッダぁ〜っ、お帰りぃ〜っ!」
「ああえと、はいはい。お待たせしました。////////」
いくら人目があるとはいえ、
そんな挨拶がありますか、ブッダ様。(大笑)
ともあれ、何とか大団円を迎えられたようではあって、
そうともなると、原因にも触れておきたいのは当然の流れ。
「その札は?」
小瓶の中に浮かんでいるのは、
梵字だろうか記号みたいな文字が記された、紙だか布だかの札らしく。
まるきり判らぬとイエスが訊いたのへ、
それを見顕した梵天より先に、
ブッダ自身がやや忌々しげな顔をすると呟いたのが
「マーラの仕掛けた咒術の一つですね、これは。」
「え? マーラさん?」
ついつい“さん付け”になるイエスなのは、
仏教の敵とされている“魔王”でありながら、
それにしては時々接する機会も多々あるご本人の、
どこか憎めない個性を重々知っているからだろか。(う〜ん)
「そういや、さっき聞こえた伝心の声も…。」
その札へと連動させていた何かがあったのか、
封じられそな気配への抵抗、もしょりと声がこぼれた誰かさんであったらしく。
そんな風に ちょっぴり油断の多いキャラクターだからこそか、
悪さをする人だとは思えないようなという把握もあったイエスのようなれど、
「私が悟りを開けぬよう、解脱出来ないようにという
最初の妨害をしたような存在だからね。
今でも隙あらば、失道するような失態をせよとの構えを
持ち続けているのかも知れない。」
そして、そういう念が、
彼らが眺めていた間にもするすると欠けてった
不思議な赤い月の力もかかわってのこと、
深く食い入ったらしく。
「月が人や地上へ及ぼす力は、古来より取り沙汰されていることですし、
単なる迷信も確かに多いのでしょうが、
重力の関係が及ぼす何かがあるのかも知れぬと、
科学的な検証もなされている昨今だと言いますからね。」
「???」
四角い言い回しがイエス様にはやや難しかったか、
途中から通じてない部分もあったようだが。(苦笑)
「月にまつわる色々な不思議が、
ただの言い伝えじゃないみたいって調べが始まってるってことですよ?」
梵天氏が柔らかく咬み砕いた言い方をしてくれたのへ、
ああ成程と、遅ればせながらお話に追いつけた模様。
そんなやりとりを見たブッダ様が、
「〜〜〜。」
「シッダールタ、いちいち苦虫を噛み潰さない。」
まま、これもウチではお約束、
やっぱり何から何まで元通りなのの証しだということで。(笑)
そんなややこしいやり取りを挟んでから、
あらためてと 梵天さんが口にしたのが、
「お二人は、地上におわす間はと構えてのこと、
その聖なる覇気も多少押さえておいででしょう?」
「ええ。」
どこかで既に触れたかもしれないが、
何と言っても世界三大宗教の内の開祖二人だ、
素で居ればどれほどのオーラを放ってしまうか、判ったものではなく。
そんな存在がうろうろしていては
勘のいい信者の皆様をその周辺膝下へ集めまくることは必至。
なので、そこも日頃は調整しておいでなのではあるが、
「ただ、さすがにこのお住まいの中には、
リラックスなさっておられればこそのこと、
聖覇気が 少し濃いめに充満しておりますためでしょう。
ここ最近では、我ら天界の存在でも
そうそう傍若無人には飛び込めない級の
分厚い抗力の障壁もどきが出来ておりますからね。」
…ウチではそういうことで。(おいおい)
「なので、おいそれとは手が出せなかったマーラが、
月の下へ出て来て 多少は無防備になられたお二人に
ここぞとばかりの悪戯を仕掛けたのでしょう。」
そういや最近は気配も感じなかったなぁと、
これはブッダがうんうんと納得している傍らで、
“でも、最初のクリスマスの宵に、
お誕生日の祝いだと大天使らが勝手に上がり込んでたけれど…。”
あれとか、停電しちゃった晩にはなんと、
マーラさんとルシファーがやっぱり勝手に上がり込んだのになと、
小首を傾げるイエス様だったりし。
そして、その傍らでは、
“〜〜〜えっとぉ。////////”
やはりやはり、彼もまたそこを思い出したと同時に、
今はそれが敵わぬまでの分厚い障壁もどきとやら、
知らず張ってた自分たちなのはどうしてか…に想いが至っておいでの模様。
“それって、もしかして?///////”
先日来からの睦みの深まりが、
何か特別な覇気を二人掛かりで新たに紡いでいて。
それの働きが“覗き見厳禁”という濃厚な効果を発揮しているのかも…なんて、
もしかせずとも ちょっと恥ずかしい結論に至ったところが。
聡明透徹、仏門の知慧の宝珠ならではなのだか、
それともイエス曰くの、ヲトメならでは…なんだかですけれど。(笑)
「そかー。さすがは魔王さんなんだ。」
「…イエス、魔物へ“さん”付けは おかしいよ。」
慈愛の如来でありながら、
その内心にては、
どんな仏敵へも容赦しない怒りを滾らせることも可能な釈迦牟尼様。
そんな、ブッダ自身の煩悩の化身でもある存在なればこそ、
こうまで凄いことも可能なんだねぇと。
結構ドッキリわたわたしたくせに、
今はもう ただただ感心してばかりなイエスであるようで。
ついつい親しみ持っていたけれど、
さすが格が違うと言いたいらしいが、
とはいえ、その理屈を持って来るならば…、
“だからこそ、強い意志にて弾き飛ばせる代物な筈なのですがね。”
くすすと苦笑が浮かんでしまうまま、
大人げないからか黙って通した梵天だったのと
恐らくは同じこと、
すぐさま…他でも無いご本人も気づいておいでだったようで。
「それでは、私はこれで。」
唐突が過ぎる事態に見舞われ
何が何やらと大きにじたばたしたのが一段落したのはよかったことよと。
これで終息との見切りも素早く、
問題の札が入った小瓶を手に、それではと立ち上がった天界の神将様で。
「あ、えと、あのっ。」
そんな、お茶もお出ししてませんのにと、
立ち上がりかけ、引き留めかかったイエスのシャツの裾を
しっかと握って追わせなかったブッダだったの、
それもまた把握したままにこりと笑い、
それは闊達に、一応は玄関から帰っていった天部様。
ブッダが自分で全容へと気づいたらしいことまで
見透かしておいででもあったのか。
だとしたら、
確かに イエス様へほどのフォローは要らぬと
彼らが構えるのも判らぬではないなぁと感じたのは場外からの独り言。
まま今はそれもおくとして。
「…私、やっぱり緩んでるんだなぁ。」
「え?」
本気出せばどれほどの破壊力があることか、
途轍もない幻覚を見せて心揺さぶるのを得手とするマーラではあるが。
反面、そんな彼は、そもそもブッダ自身の煩悩の化身でもある。
これまでは直接 面と向かっていても呆気ないくらい退散させられていたものが、
こんな手管でやすやすと付け入れたなんて…という方向で、
今回の異常事態の根幹を逆上ってたらしいブッダ様。
はやばやと彼なりの何かしらの結論へ辿り着いておられるようで。
イエスへ甘えていいんだって思ってて。
螺髪がすぐにも解けるほどの、そんなまでの気の緩みがあったから、
他愛ない咒があっさりと、心の中へ忍び込んだんだろうと思う。
「そんな…。」
「心配しないで、大丈夫だから。」
またもや弱気なことを言い出したのかと案じたイエスが、
何か言いかけたのに先んじるように。
やはり、他でもないブッダ自身が微笑っており、
「私自身をどうにかせんとしたいような不埒な咒ならば、
同じものには二度とかかからないから。」
そうそういつもいつまでも、負けてはいませんと胸を張る。
免疫?
いや、そういうのとも違うんだけど。
微妙な代物、
どう言えばイエスへ伝わるのかなと、言い淀んだ彼を見つつ、
“天罰なんじゃないかって言い出すんじゃないかと思ったから…。”
それが怖かったなぁと、
イエスはイエスでこそりと胸を撫で下ろしておいで。
有給取ってバカンスだなんて、数多の人々を見守り導く神聖な身にありながら
随分と不埒なことをしている その上、
ややもすると疚しいかもしれない恋に うつつを抜かしている自分たちだと、
“そんな方向で気に病んでしまわないかってのが、
今は一番おっかないもの。”
ちょっと順番がおかしいかもしれないが、
欲望からささやかな幸いまでもを、
すべて煩悩へ通じることだと変換しては、
苦しみ辛さ、何でもかんでも自分へ引き取る性分をしているブッダなだけに。
そんな考えようだってしかねぬこと、
この隠しごとが下手くそなヨシュア様にしては
完璧なほどさりげなく こっそり案じていらしたようで。
“だって、これが天罰だって言うんなら、
父さんに知られてるってことじゃないの。////////”
いざとなったら私からきっぱり報告するつもりでいたのにもうと、
…なんかやっぱり
順番というか価値観というかが、
微妙にズレておいでのイエス様みたいですが。(う〜ん)
それでもあのね?
誰へもバレてはないことへ、ではなくて、
ブッダが、疚しいことだの天罰だのと、
思わなかった、感じなかったのなら、それが嬉しいなぁと。
これもまた、
考えようによっては焦点がズレているのかも知れないけれど。
それでも、そこへと一番にホッとしたし、
嬉しいなと思ったイエスなのだ、しょうがない。
そういった自分の側の内緒、内緒のままに出来てることへ安堵してから。
まだ うんうんと唸っておいでのブッダなのへ、
「でもね、ブッダ。」
「んん?」
すっかり安堵したからこその、
これはむしろ普段の彼らしい“余計な一言”を言い出したりして。
「マーラさん自身が押し掛けの、その上で私へ化けたのへは、
微妙に残念ながら 二度ほど振り回されているんだけれど。」(こらこら)
「う…。///////」
あれはあのその、イエスの姿をした存在だったので
万が一にも本人だったらとか思うから、
そうそう強く疑ぐれなかったのであって…と。
さすがにご本人からそうと訊かれようとは思わなんだか、
いかにも不意打ちされたという様子で、
しどろもどろになりかかった如来様だったれど。
そのまま真っ赤になって 言葉に詰まるかと思いきや、
「でも、そっちも もう大丈夫。」
「??」
きれいに握ったこぶしを口許に添え、
くふんと咳払いの真似ごとをし。
そういつまでも振り回されてはいませんと、
自信満々というお顔をする如来様。
ついと腕を伸ばして、お隣に座っているイエスの肩に触れ、
「だからネ、
こやってそばまで寄るとか、
その上、こんなして触ったり
おでことおでこを くっつけようなんてしかかれば。
偽物マーラ・イエスだと 挙動不審になっちゃうからvv」
「そうなんだ、よかったvv」
そこまで感づいてらっしゃるのは、ある意味、進歩かもしれないが、
イエスに対してのそういうことを、
含羞んだりせずに出来るようになったからこそ…というところへ気がついたら、
またぞろ含羞みまくるのだろか。(笑)
“それに、もしかしてキスしたところ、見られちゃってたかも?”
まま、そっちは
イエスが キスも挨拶のうちという文化圏の人なんだしと、
口惜しいながら納得済みかもということで。(おいおい)
それこそ楽天的な解釈をし、
「…はぁあ、何か凄っごく疲れちゃったねぇ。」
見るからに がぁっくりと、肩を落としたイエスであり。
それを見て“くすす”と微笑ったブッダへ、
横合いからぽそりと凭れかかって、
懐ろからちろりんと見上げて来るところが、
“…もう、甘え上手なんだから。///////”
頼もしくてカッコいいのに、
一転してこんなコトまで出来ちゃうってなに?と。
間近からくぅんという眸を向けてくるヨシュア様へ、
ドキドキとときめきつつ、
「…うん、朝ご飯にしようね。」
そういうおねだりだねと気がついたブッダが、立ち上がる気配を見せたれど。
「それもあるけど、あのね?」
朝一番からこっち、わたわたするばかりで、
向かい合っての“おはようvv”は まだみたいなもんでしょと。
そここそがご不満だったらしいイエスだったようで。
凭れかかってた姿勢を起こし、その身を真っ直ぐ向き直らせると、
きょとんとしている愛しのお人、
膝立ちになりつつ双腕の中へと掻い込む手際も慣れたもの。
「え? あ、えと…。////////」
もうすっかりと通常運転、
引き摺ることなく無邪気に微笑ってくれる人。
でもね、そんな君の傍だというだけで、
いつだって安心出来るの。うん、ホントだよ、と
甘くて温かい口づけにうっとりしつつ、
こちらもこちらで通常運転か、
お惚気があふれてやまない ブッダ様だったようでございます。
お題 4 『安心できる場所』
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*二次創作にあるあるネタ、
女体化、眠って目を覚まさないに続き、
年齢逆行型の幼児化でございますvv
これもどっかでやってみたかったのですが、
イエス様とブッダ様、
どっちが子供になる話にしようかというところで
結構 迷っておりまして。
結果、こういうパターンとなりまして。
イエス様が子供になっても、
ブッダ様あんまり困らないんじゃあなかろかとか、
そんな不埒なことまで思ったのですが(笑)
一番の理由は“何で?”と“どうやって戻るか”を、
イエス様のほうだと思いつけなかったからでして。
だって、途轍もなく過保護というか
見守られまくりですからね、神の子様。
彼自身へ何か良からぬ呪いや魔法や咒が関われば、
何か起きる前に大天使たちとブッダ様とで、
きっちり祓ってしまわれるんじゃなかろかとか思いまして。(おいおい)
しっかり者のブッダ様の場合は、
後からのケアがしっかり行き届いてるタイプじゃないかと思い、
こうなりました。
(問題が片付いてから出てくるタイプとか
ご本人様から言われていたお人もいましたし。笑)
*それと、ウチなりの捏造設定、
二人の住まいには 天部や大天使であれ、
これからは、そうそう容易くは無断で入り込めないということで。
めーるふぉーむvv


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